AIにハマって、アナログがもっと好きになった。
- Lily Yoon

- 11 分前
- 読了時間: 6分
最近、AIにかなりハマっています。
本当に便利です。
実際に使っていると、「これは、なくなっていく仕事もたしかにあるだろうな」と実感することがあります。
人が時間をかけていた作業を、あっという間に終わらせてくれる。自分だけでは思いつかなかった方向から、考えるきっかけをくれる。
最新技術って、やっぱり面白い。
そんなふうにAIを使う時間が増えた一方で、なぜか私は最近、アナログなものが前よりもっと好きになりました。
蹴れば進む。それだけでいい
最近、駅までの移動に、非電動の折りたたみキックボードを使い始めました。
これが、かなり気に入っています。
駅までの移動時間が短くなりましたし、軽くて折りたためるので、電車と組み合わせて使えるのも便利です。
でも、いちばん気に入っているのは、速さではありません。
何も管理しなくていいことです。
電動自転車や電動キックボードなら、もっと楽に、もっと速く移動できるかもしれません。
でも、充電は残っているか。そろそろ充電しなければいけないか。鍵を持ったか。どこに駐輪するか。帰り道に雨が降らないか。返却ポートはちゃんと見つけられるか。
一つひとつは、大したことではありません。
ただ、こういう小さな確認が重なってくると、もう面倒くさい。
キックボードは、とても単純です。
持って出る。
開く。
地面を蹴る。
進む。
充電残量も見なくていい。
自転車のように、「ここに置いたから、あとでここまで取りに戻らなければ」という感覚も薄く、必要なら折りたたんで持って移動できます。
大きな乗り物というより、自分の足を少しだけ拡張してくれる道具に近い。
機能が少ないから、考えることも少ない。
それが、気持ちいいんです。
高機能だから軽くなる。機能が少ないから軽くなる
AIは、とことん高機能だからこそ、生活や仕事を軽くしてくれます。
キックボードは反対に、機能がほとんどないからこそ、生活を軽くしてくれます。
ずいぶん違うものなのに、私がどちらも好きなのは、少し面白いなと思いました。
新しいから好き。
アナログだから好き。
そういうことではないようです。
高機能かどうかより、自分にとって気持ちよく使えるかどうか。
便利さって、機能が増えることだけではないんだなと思います。
Spotifyが切れて、ラジオが戻ってきた
もう一つ、最近戻ってきたアナログなものがあります。
ラジオです。
Spotifyのファミリープランが切れて無料プランになり、広告が入るようになりました。
これが、なかなかうるさい。
もともとラジオを聴くのが好きだったので、それならと思って、しばらく使っていなかったラジオを再稼働させました。
やっぱり、いい。
Spotifyでは、自分が聴きたい曲を選べます。好みに合う曲もすすめてくれます。
でもラジオでは、自分の好みとは違う曲も流れてきます。
反面、知らなかった音楽が突然耳に入り、「これ、いいな」と思うことがある。
雨の日には電波が聞こえやすいこともあれば、電波の調子が悪くて、いつもとは違う局が入ってくることもあります。
きれいに最適化されていない。
でも、その少し不安定なところまで面白い。
自分で選ばなかったものが、向こうからやってくる。
そこには、便利さとは別の楽しさがあります。
効率よく選べることと、偶然出会うこと
AIもSpotifyも、こちらが求めたものを探したり、整理したり、好みに近づけたりするのが得意です。
これは本当に便利ですし、私はその便利さを十分に楽しんでいます。
でも、自分の希望どおりに整えられた世界にいると、思いがけないものと出会う機会は、少し減るのかもしれません。
ラジオから、知らない曲が流れてきて、好きになる。
電車が止まってしまって「困りましたね」と隣の人と話して、ご近所のスポットを教えてもらう。
コスメショップで底見栄しているテスター化粧品を見て、買ってみる。
ノイズや寄り道に見えるものの中に、自分で探しに行ったわけではない、偶然の素敵なものとの出会いが混ざっています。
それは、効率だけでは見つからないものです。
オンラインでも、対面でも
Binariでも、オンラインレッスンをスタートします。
場所を選ばず参加できるオンラインレッスンには、オンラインだからこその良さがあります。
だからといって、対面レッスンをやめるつもりもありません。
対面のクラスでは、クラスメイトから、自分では思いつかなかった質問が出ることがあります。
その質問によって、質問した本人だけでなく、そこにいるほかの人まで「あ、私もそこが分かっていなかった」と気づくことがある。
レッスンの前後に、予定していなかった会話が始まることもあります。
オンラインと対面のどちらが優れている、という話ではありません。
便利な方法を使いながら、同じ場所に人が集まることで生まれる偶然も、なくしたくないと思っています。
人間にしかできないことって、何だろう
AIは本当に便利だと思います。
使えば使うほど、「これは、なくなっていく仕事もたしかにあるだろうな」と実感することがあります。
では、これから先の時代、人間にしかできないことって何だろう。
そう考えたときに思いました。
人間が、人間として、人間と出会うこと。
これだけは残る。
語学って、「人との出会い」から必要になることが多いです。
「推し」との出会いも、きっとそうですね。
先に語学を学ぶ理由があったのではなく、誰かに出会い、もっとその人の言葉を知りたくなった。そこから韓国語が必要になることもある。
Binariはこれまで、「楽しくつながる」韓国語教室というコンセプトを掲げてきました。
これは、AIの時代を意識してつくった言葉ではありません。
でも、自分自身がAIにどんどんハマり、その便利さや能力を実感するようになって、改めてこの言葉が自分の中に落ちてきました。
AIによって、語学学習もこれからもっと便利になると思います。
一人でできることも、きっと増えていきます。
それでも、人と会うこと。話すこと。誰かを好きになること。知らなかった世界に偶然触れることは、だからこそ輝く。
いろいろなことがAIでできるようになるからこそ、「楽しくつながる」ことを目的にした韓国語教室には、これまでとは少し違う価値も生まれるのかもしれません。
そうか。
だからBinariは、これでいいんだ。
最近、私自身がそれに気づいて、少しうれしくなりました。
AIにハマって思ったこと。
人間が人間として、人間と出会うことこそ、いつまでも価値のあることだということ。
いつも通ってくださる生徒の皆さん、教えてくださる講師の皆さん、まわりで支えてくれている皆さんに感謝です。

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